センセイプレイス

早稲田 大学

早稲田大学 政治経済学部
  • 浪人生
  • 広島

10月中旬から受験勉強スタート。早稲田大学合格!

合格校
早稲田大学政治経済学部、同志社大学法学部、明治大学政治経済学部、青山学院大学国際政治経済学部、立教大学法学部、関西学院大学法学部

ざっくりまとめ

  1. 1早稲田に向け本格的に受験勉強開始。
  2. 210月模試で6割だった日本史が、共通テスト本番で9割に!
  3. 3「実力を出しきれないことが一番後悔する」

センセイプレイス入会前

早稲田に向け本格的に受験勉強開始。

――当時の状況について教えてください

高校卒業後、僕はとある理由で一度、アメリカの大学に進学しました。が、コロナの影響でアメリカでの生活が難しくなったことを機に、以前から興味があった国際政治の勉強をするために、日本に戻って大学受験しようと決めました。

受験を意識し始めたのは、アメリカの大学から帰ってきた4月。帰ってきたはいいものの、かなりマイペースな性格だったので、夏になっても引越しのバイトをしたり、ゲームをしてダラダラ過ごしていたりしてしまって、気づけば秋になってました。

本格的にギアが入ったのは10月の中旬。志望校を早稲田に決めて、さあやろう!と意気込んで1日目は8時間勉強しましたが、2日目には5時間、3日目は2時間といった感じで、継続的に机に座っていることができませんでした。

早稲田には受かるかもしれないけど、努力することが苦手で自信がなかったので不安な部分もありました。

――受験勉強においてどのような課題を抱えていましたか

日本史に課題を抱えてました。現役時代は理系だったこともあって、日本史の学力は、歴史の年代把握が分かるぐらいで知識はあやふやでした。

当時の学力は、英語と国語は早稲田レベルでしたが、日本史と古文・漢文はほぼ0に近い状況だったので、早稲田の判定はE判定でした。

そんな状況にも関わらず、何でかは分からないんですけど、「大丈夫だろう」という謎の自信がありました。多分、英語と国語が周りの受験生よりできるという自負があったからだと思います。

でも、さすがに日本史がこのままの状態では受かるはずもないと思ったので、受験の情報集めをするためにどこかしらの塾に入ろうと思ってました。

センセイプレイス入会後

10月模試で6割だった日本史が、共通テスト本番で9割に!

――センセイプレイスを知ったきっかけは?

アメリカから帰ってきた春ごろにYouTubeでセンプレを知りました。動画を見ていくなかで馬場さんの受験勉強に対する考え方に興味を持ってました。

秋になるといろんな予備校の広告をよく目に入るようになって、塾に受験生の受け入れ期限があることを知って、それ以降塾・予備校について調べ始めました。

チキンな性格なこともあって、宅浪は不安だったのでどこかしらの塾には所属したいなと思っていました。

最初に選んだ塾は「武田塾」。武田塾は、物理的な自習室が欲しかったのと、科目ごとに見てくれる先生の存在が欲しかったので選びました。

ただ、広島の校舎だったこともあり、早稲田出身の講師が少なく、早稲田に関して情報があまり得られませんでした。僕は実際に早稲田に受かってる人の話をきいて、一般的な入試の情報を得たいなと思ってたんです。そこで、早稲田出身の先生が多い「センセイプレイス」に興味を持ちました。

入塾期限が迫っていたのと、30日間の返金保証もあったので、まずはセンプレの無料体験指導を受けてみようと思い、申し込みました。

――センセイプレイスを選んだ決め手を教えてください。

体験指導では、担当してくださった先生が僕に向けて「受かると思うよ」と言ってくれました。今まで根拠のない自信で受かるとは思っていたけど、実際、先生の方にそれを言われて驚きました。

驚いたってことは自分の中で少なからず「第一志望には受からないのではないか」という不安があったんだと思います。

体験指導中は、先生が自分の話をすごく聞いてくれて、話していく中で「自分は早稲田に受かった人のもとで受験したい」という考えにまとまりました。

また、センプレの学びログ機能を活用すれば、課題の生活面も改善していけるのではないかと思い、入会を決めました。

――センセイプレイスに入会してどのような変化がありましたか?

11月から指導がスタートしました。センプレを始めてからは入会前に比べて、多くの勉強時間を確保できるようになりました。

入会前の僕は、基本的に昼頃に起きて、夕方になってやっと勉強を始めている状況でした。自分でも浪人生として夕方から勉強するのはさすがにおかしいとは思っていたけど、当時の自分には強い危機感がなくてどうしても動けなかったんです。

担当の先生に「夕方からしか勉強を始められない」と相談してみると、先生は「それでもいいんじゃない?それしか原動力がないのならそれでもいいと思う」と言ってくれました。

勉強しないといけないと分かっていながらも、どうしてもできなかった僕にとって、先生の寄り添った言葉はとてもありがたかったです。

それ以降は、徐々に午前中から勉強できるようになって、午前中から勉強できなかった日でも、このままではいけないと思って、午後から挽回することができました。

自分は予定がギチギチ決まってるのは苦手だったので、「その上でじゃあどうするか」を考えながら予定を調整することで、少しずつ勉強時間を確保できるようになっていきました。

――受験本番まで、どのように過ごしましたか?

入会前、模試で61点だった日本史が、共通テスト本番で91点という高得点を取ることができました。元々得意だった英語と国語でも9割取れたので共通テスト利用入試で明治と青学、立教、関学に合格することができました。

今まで短期的に頑張って結果を残せた経験がなかったので、とにかく嬉しかったです。

合格への道のり

「実力を出しきれないことが一番後悔する」

――受験期で最も印象深い思い出を教えてください

早慶の難しさを肌で実感したことです。過去問演習が足りてなかったこともあって、入試ではなかなか上手くいかず気持ち的にかなりしんどかったです。早稲田と慶応の入試が交互に連続で続いたため、その度に「難しいなぁ..」と苦戦していました。

そんなとき先生が僕に「実力を出しきれないことが一番後悔する」とアドバイスしてくれて、実力は最後まで出し切りたいと強く思い、その後は入試が終わるまで自分ができる限りのことはやり尽くすことができました。

しかし、入試の結果は思うようなものではなく、早慶の不合格通知が続きました。

正直なところ入試を解いているときから厳しいそうだなと実感していたので、やっぱり無理だったかなと感じていました。

ただ、同志社や明治など他の大学には合格していたので、早慶の結果が出揃う前に、どこの大学に進学しようか考えて始めてました。

大学の雰囲気を見に行こうと東京まで1人できて、東京駅の連絡通路でぶらぶらしていたとき親から電話かかってきて、「早稲田政経受かってたよ」って言われました。

その一報を聞いて、思わずその嬉しい気持ちを忘れないように、何もない東京駅の連絡通路で写真を取っちゃいました(笑) 今では思い出の場所です(笑)

合格を知ったその日のうちに早稲田大学にいって大隈像の横を通りながら、「ここに学生として通えるんだな」って思いながら歩いてました。

僕が早稲田に合格したことで両親も凄く喜んでくれたけど、それ以上に先生が喜んでくれました。先生に結果を伝えたときは、今までみたことないガッツポーズしながら喜んでくれました。

本当に嬉しかったです。

――今振り返ってみて、受験の成功の秘訣とは?

今までの自分に勝てたことだと思います。これは受験において得た一番の大きなもので、唯一の誇りです。

自分の問題点と向き合って現状をかえることはとても大きなエネルギーが必要なことだと思います。それをセンプレを通じて、これまでの自分よりも現状にアプローチすることができるようになりました。

ただ、自分の受験は結果からいうと成功だと思いますが、過程でみると失敗したと思っています。過去の自分には勝てたけど、他の受験生の頑張りには勝てなかったからです。その気持ちは自分の中ではまだ消えず残っています。

第一志望の早稲田には合格できたけど、調子に乗らず、その気持ちを忘れず大学で頑張りたいと思います。

センプレは、首都圏の有名な大学に通ってる人が周りにいないかつ、自分を律する力が弱い人にオススメです。

センプレの先生は親身になって悩みを聞いてくれるし、自分の考えを否定されることはないので、安心して勉強に取り組めると思います。

今の勉強法に悩んでることがあったり、自分に甘く一人でやっていける自信がない人は、一つのツールとしてセンプレを考えてみるのもありだと思います。

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