センセイプレイス

早稲田 大学

早稲田大学 社会科学部
  • 現役生
  • 香川県

高3夏、E判定。早稲田へ逆転合格!

合格校
早稲田大学社会科学部、 同志社大学法学部

ざっくりまとめ

  1. 1独学での受験を決意するも、受験勉強開始後10か月間で、やり通した参考書の数はゼロ
  2. 2センセイプレイス入会後、約1ヶ月で6冊もの参考書を完了
  3. 3早稲田逆転合格の秘訣は、“信頼できるパートナー”

センセイプレイス入会前

志望校は早稲田・偏差値40台・学年順位267/279位

――当時の状況について教えてください

"自称進学校"に通っていました。授業は退屈で、課題の量もありえないほど多く、勉強に嫌気が差し、気づけば落ちこぼれになっていました。模試の成績では、学年順位で279人中267位を取ったこともあります。偏差値は40台が当たり前。偏差値50は賢い人が取れるものとばかり思っていました。
そんな状況にもかかわらず、高2の11月から早稲田を目指して受験勉強を始めました。ネットで勉強法を調べていると、“偏差値40台から早稲田に受かった”という合格体験記を多く見かけたので、「ひょっとしたら自分も行けるんじゃ…?」と考えたんです。

――受験勉強においてどのような課題を抱えていましたか

一つ目は、“参考書の浮気を繰り返していたこと”です。当時はネットで評判の良い参考書や、高校の先輩から薦められた参考書を使って勉強していたのですが、理解できない箇所が出てくると、「この参考書はダメだ!」と決めつけ、すぐに他の参考書を購入していました。結果、受験勉強を始めてから最初の10カ月で、1冊も参考書をやり通すことができず、いつまで経っても偏差値は伸びませんでした。
そして二つ目が、“無理な勉強計画を立てていたこと”です。成績が伸びない焦りから、こなせるはずもない学習量を自分に課し、“毎晩22時就寝、朝3時に起床して勉強する”という生活を始めたのですが、どれだけ頑張っても上手くいかず、精神的に追い込まれるようになりました。「空き時間の全てを勉強に捧げなくてはいけない」という強迫観念に、常に駆られていたんです。いつの間にか、計画倒ればかりして、ますます勉強が嫌になっていくという悪循環に陥っていました。

センセイプレイス入会後

入会後の約1ヶ月で、6冊もの参考書を完了

――センセイプレイスを知ったきっかけは?

受験勉強を始めたころ、地元の“大手予備校”または“個別指導塾”に入ることも検討しました。でも、前者に通うとなれば、「周りについていけないかもしれない」、「授業で問題を当てられるのが苦痛」といった不安がありました。また、後者についても、勤めているのが地元の現役大学生ばかりで、志望校である早稲田出身の講師がいないことが気がかりでした。なので結局は、「自分でどうにかするしかない」と考え、独学での受験を決意しました。
でも、それが全く上手くいかずに思い悩んでいたところ、たまたまネットでセンセイプレイスの馬場センセイの存在を知りました。高校3年の8月半ばだったと思います。“半年間の受験勉強で早稲田に受かった”という馬場センセイの経歴に惹かれ、その著作『受験はゲーム』を買って読んでみたのですが、これがとても興味深い内容だったので、センセイプレイスの体験指導に申し込みました。

――センセイプレイスを選んだ決め手を教えてください。

体験指導を受けたとき、当時の僕が抱えていた勉強の悩みを、驚くほど細かく聞いてもらえたのが大きかったです。正直にいろいろ相談しているうちに、“参考書の浮気”や“無理な勉強計画”などの改善すべき点が、はっきりと浮かび上がってきました。また、「実際に赤本を解いてみて、自分に足りていない知識が何なのかを明らかにし、それを一つひとつ潰していこう」と話し合ったお陰で、「自分には、合格というゴールから逆算して計画を立てるという考え方が欠けていた」と気づくこともできました。体験指導が終わるころには、「話し合ったように勉強法を改善していけば、残りの半年で、本当に早稲田に逆転合格できるかもしれない!」と手応えを感じていました。
また、体験指導を担当してくれたコーチが、「今から一緒に頑張れば、早稲田に合格できる可能性は十分に残っているよ。これまで、よく一人で努力してきたね!」と言ってくれたことは、何よりも大きな励みになりました。

入会前に受けた模試の成績表。当時の偏差値は3教科合計で“46”

――センセイプレイスに入会してどのような変化がありましたか?

入会後の約1ヶ月で、6冊もの参考書を仕上げることができました。受験勉強を始めてから、1冊も参考書をやり切ったことがなかったので、自分でも信じられませんでした。これほどの成果を出せたのは、“早稲田合格から逆算した、自分だけの学習プラン”を指導で毎週組み立てることができたからです。自分の学力に適した参考書を、優先度順に、しかも自分に合ったやり方で勉強するようになったので、以前のような迷いがなくなり、面白いほど集中力が増しました。
こうして悪循環を抜け出すと同時に、「今日はここまで参考書を進めたら、ご褒美にお笑い動画を見よう!」といったポジティブなアイデアをどんどん実行するようになり、勉強はますます楽しくなりました(笑) 担当コーチが、そうしたプロセスを褒めてくれたことも嬉しかったです。勉強でも何でも、ただがむしゃらに頑張るだけでは苦しくなるばかり。成果が伴ってこそ楽しくなるのだと、改めて感じさせられました。

――受験本番まで、どのように過ごしましたか?

最初の3ヶ月は基礎固めでした。9月は英語、10月は政経、11月は古文・漢文という順で各科目を仕上げつつ、成績の伸びにくい現代文は継続的に勉強しました。12月は本格的に早稲田の過去問に着手して、1月以降は過去問で苦手だった範囲を徹底して潰していく、という流れです。
入会して2ヶ月経ったころ、“物事が上手くいかない場合、必ず原因がある”と気づけるようになったことが、大きなターニングポイントになりました。たとえば、計画通りに勉強が進まなかった場合、「その原因は自分の勉強の進め方にあるのか、計画にあるのか、両方にあるのか?」という風に、一歩引いた目線で考えられるようになったんです。以前の僕は、勉強が上手くいかなくなると、すぐに自分を責めていましたが、実際は「そもそも、自分にやり切れないような無茶な計画を立てていた」という場合も多くありました。指導を通じ、何事も自分に引きつけて考える習慣がついたので、学習面の課題を見抜く力が自然と養われたのだと思います。日常的に学習プランや勉強法を改善できるようになったことで、成長速度はさらに加速しました。

合格への道のり

信頼できるパートナーが必要不可欠

――受験期で最も印象深い思い出を教えてください

1月の終わり、初めて同志社の過去問を解いたのですが、今までの積み重ねがようやくかたちになり、いきなり合格点を上回ることができました。結果、見事同志社の合格を果たしたのですが、そこで最大のピンチが訪れました。早稲田受験本番まで、残すところあとわずかなのに、進学先を確保できた安心感と、「さすがに早稲田は無理だろうな」という思いから、突然やる気を失ってしまったんです。「このままじゃ、間違いなく不合格だ」と感じていたのですが、早稲田への気持ちを失っていることを認めたくなくて、担当コーチにも心の葛藤を打ち明けられませんでした。
でも、コーチは僕の本心を見抜いていました。早稲田の試験直前の指導で、「早稲田に受かるチャンスは目前なのに、本気になれていないんじゃない?」と指摘されたんです。深く、そして長い付き合いだからこそ、僕の異変に気づいてくれたのだと思います。そこで僕は、「同志社には進学しない。早稲田に不合格だったら浪人する」と覚悟を決め、最後まで必死になって早稲田の対策に取り組みました。念願の早稲田合格は、そうした紆余曲折の末に掴み取ったものです。合格を知った瞬間には、嬉しさのあまり、家中に響き渡るほどの大声で叫んでしまいました(笑)

――今振り返ってみて、受験の成功の秘訣とは?

逆転合格を掴み取るには、自分の学力と志望校にぴったりな学習プランや勉強法を見出し、それを地道に実行しながら日々改善していくことが必要です。でも、そのプロセスを自分一人だけで実現するのは、本当に難しい。それを試みて、空回りし続けていたのが、入会前の僕でした。でも、“センセイプレイスの学習コーチ”という、信頼できるパートナーを得られたお陰で、状況は一気に変わりました。実際に早稲田に合格したコーチだからこそ可能な、学習面・メンタル面での専門的なサポートは、自分一人だけの力で限界を感じていた当時の僕にとって、本当に欠かせないものでした。
「どうやったらより志望校に近づけるか?」という明確な答えのない問いに、コーチと二人三脚で向き合い続けた日々。その積み重ねで自信と成果を得られたから、最後まで諦めずに受験をやり通せたのだと感じています。僕にとってのセンセイプレイスは、「変わりたいという想いを誰よりも応援してくれ、自分の可能性を最大限に発揮できるようサポートしてくれる場所」でした。

やり切った参考書を積み上げると、こんな高さに!

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