センセイプレイス

明治 大学

明治大学 情報コミュニケーション学部
  • 現役生
  • 神奈川県

“完璧主義”からの脱却で明治大学合格!

合格校
明治大学情報コミュニケーション学部、立教大学社会学部、法政大学文学部

ざっくりまとめ

  1. 1授業中は居眠り、偏差値はクラスメートより10も下。一念発起して予備校に通い始めるも、偏差値は50台前半にダウン
  2. 2入会1ヵ月後に受けたセンター模試の英語が、過去最高140点から181点までアップ
  3. 3“完璧主義”を脱却し、自分にできることを積み重ね、明治大学に合格!

センセイプレイス入会前

予備校に入って3ヵ月、必死で勉強に取り組むも、偏差値は50台前半にダウン

――当時の状況について教えてください

“自称進学校”に通っていました。クラスメートは皆、高1の時点から受験を意識していて、休み時間は参考書を開いたりと、当たり前のように勉強していました。その上、クラスメートの大半は帰宅部で、「部活なんてやってる場合じゃない。それよりも受験勉強!」という雰囲気でした。部活一色だった私は、周囲に対して大きなギャップを感じていました。
私が入っていたダンス部は、全国大会に出場するほどレベルが高かったので、朝・昼・放課後と必ず練習があり、身体はいつもクタクタでした。「頑張って勉強しなきゃ」とは思うものの、疲れから授業中まで寝てしまって、いつの間にか周囲に大きな差をつけられていました。模試の偏差値で言ったら、10以上も下だったと思います。担任の先生からも、進路面談のたびに、「正直、成績落ちてるわよね」とプレッシャーをかけられ続けました。
私の高校では、“部活は高2で引退、それからは受験に専念”という方針だったので、私も高2の冬に部活を引退しました。「周りと違って、私は積み重ねてきたものが何もない。でも、予備校に入ればどうにかなるかもしれない」。そう期待して、3年に進級すると同時に、近所の大手予備校に入りました。それから、3ヵ月ほど本気で受験勉強に取り組んだのですが、成績はさらに落ちてしまいました。6月に返ってきた模試の偏差値が、50台前半まで下がっていたんです。「一生懸命勉強してきたのにどうして? 今のままじゃ、間違いなく受験に失敗してしまう」。真っ先にそう思いました。

――受験勉強においてどのような課題を抱えていましたか

実を言うと、私は予備校に通い始めて少し経ったころから、密かに不安を感じていました。「勉強したことが、どうも身についている気がしない」と。
私は難関私大を志望していましたが、予備校では“国公立コース”の講座を取っていました。「難関国立の問題に対応できる力を身につけておけば、当然難関私大にも合格できる」とチューター(学習面の質問や相談を受けつけてくれる、講師の補佐的な役割のスタッフ)にアドバイスされたからです。そして、東大・京大などの難関国立の過去問を、3ヵ月ひたすら解かされました。
今になって考えてみれば、高2の終わりまで全く勉強をしてこなかった私が、いきなり東大・京大の過去問を解くなんて、あまりにレベルが違いすぎるし、自分に合っていない勉強をしていたのだと分かります。でも、当時はそれに気づくことができませんでした。「本当に勉強していることが身についているのかな?」と薄々感じながらも、「たくさんの受験生を見てきたチューターさんのアドバイスなんだから、これがきっと正しいやり方なんだ」と盲目的に信じていたんです。
でも、私が感じていた不安は、6月に返却された模試の結果にはっきりと現れました。「予備校に頼っても上手くいかなかった。この先どうやって勉強していけばいいんだろう?」。それが一番の悩みでした。

センセイプレイス入会後

センター模試の英語の点数が、過去最高140点から181点までアップ

――センセイプレイスを知ったきっかけは?

「このまま予備校に通い続けても、難関国立の過去問を解かされるだけ。その上、講義の予復習に追われ、覚えようと思っていた単語帳さえ手をつけられていない。まずは今の状況から脱しなくちゃ」。そう考えた私は、予備校を辞める決心をしました。そして、何らかの打開策を見つけようと、ひたすらネットで受験情報を集めていたとき、センセイプレイスの存在を知りました。
センセイプレイスのホームページを覗いてみると、“勉強してるのに成績が伸びない”、“何からやればいいのか分からない”、“参考書を終えることができない”など、当時抱えていた私の悩みが、そっくりそのまま触れられていました。そして、これらの悩みは、「自分に合った勉強のやり方を見つけない限り解決できない。なぜなら、受験生は一人ひとり、志望校や学力など、置かれている状況が異なるから」といったことが書かれていました。
私はそれを読んで納得して、「ここしかない!」と直観を得ました。そして、藁をもすがる思いですぐに体験指導を申し込みました。

――センセイプレイスを選んだ決め手を教えてください。

「ほかの塾や予備校に通っても、同じ失敗を繰り返してしまうに違いない。かと言って、独学で受験を乗り切れる自信もない」。そう感じていた私にとって、“独学コーチング”を受けるという選択肢は、すごく理想的に映りました。「自分に残された時間は少ないし、確実に成果につながる頑張り方を教えてもらいたい」と思ったんです。
また、センセイプレイスを卒業した先輩たちの合格体験記を読んでいたことも、決め手の一つになりました。皆さんが“逆転合格”しているという点に、私はずいぶんと勇気づけられたんです。高2の終わりまで部活一色。高3の1学期の大半は、難関国立の過去問を解くことに費やし、成績を上げるどころか下げてしまった。そんな私ほど、“逆転合格”を必要としている生徒は、ほかにいないと感じていたんです。体験記の中には、「1ヶ月で6冊も参考書をやり切った」と書かれていたものもあって、「私もこれくらい頑張ってみたい。今から巻き返したい!」と強く思っていました。

センプレ生時代に使った思い出のノート

――センセイプレイスに入会してどのような変化がありましたか?

初回指導の際、“1ヵ月後にあるセンター模試の英語で、8割の点数を取ること”を最初の目標として設定しました。そして、それを実際に達成できたことが大きな自信になりました。
入会時点の私は、英単語帳・英熟語帳・文法問題の参考書・予備校のテキストなど、英語の教材だけでも計5つを同時進行で勉強していました。しかも、完成度はどれも2割くらいで中途半端。担当コーチにそうした状況を伝えると、「あれこれ手を出し過ぎているから、やるべきことを絞って勉強していこう」と提案を受けました。
また、当時の私が最も課題として感じていたのは、“単語力不足”と“英文を感覚に頼って読んでいる”という2点でした。そこで、コーチと相談し合った末、“最初の1ヶ月は、英単語帳と英文解釈の参考書、2冊のみに集中して勉強していく”という計画を立てました。
そして、実際に計画に沿って勉強していった結果、返ってきたセンター模試の点数はなんと、当初の目標を大きく上回る“181点”でした。過去最高140点だった点数が、8割どころか9割まで上がっていたんです。しかも間違えた問題は、まだ勉強してなかった発音と文法の正誤問題だけでした。自分に合った勉強のやり方で、狙い通りの結果を出すことができたので、とても嬉しかったですし、本当に大きな自信になりました。

――受験本番まで、どのように過ごしましたか?

私の受験生活は、“完璧主義からの脱却”でもありました。私は元々、“受験生はこうあるべき”みたいな、凝り固まった考えばかり持っていたんです。たとえば、「教科書や参考書は隅々まで、一言一句欠かさず覚えなきゃいけない」とか、「休みの日は15時間勉強しなきゃいけない」とか。特に最初のうちは、指導内で立てた目標を完璧に達成できないと、全面的に自己否定に走ったり。“0か100”でしか物事を捉えられずに苦しみました。
でも、担当コーチは、そんな私の性格をよく理解してくれました。基礎をすっ飛ばして、レベルの高い勉強ばかりしたがる私を上手く軌道修正してくれたり、「もっと目標のハードルを下げても大丈夫じゃない?」と提案して、スムースに計画を実行できるように手助けをしてくれました。そのお陰で、「最初から完璧を目指さなくてもいい。100じゃなくて50でも、前進できていることそれ自体が大事」と考え方が変わっていきました。
センター試験の直前、苦手だった日本史の中でも、特に苦手意識が強かった近代史の範囲をどう対策していくかで悩んだことがありました。このとき、コーチと相談して出した結論は、“近代史の流れについて解説している初歩的な参考書を、一冊だけに絞って勉強する”というものでした。焦ってあれこれ難しいことに手を出すより、基本に立ち返るほうが大事だと判断したんです。すると、このやり方が上手くいき、センター本番の日本史では、94点を取ることができました。
「今の自分にできることを着実に積み重ねていく。受験勉強って、少しずつ階段を昇っていくようなものなんだ」。完璧主義を脱して、そんな風に考えられるようになっていたからこそ、センター試験で成功を収めることができたのだと思います。

合格への道のり

“完璧主義”を脱却し、自分にできることを積み重ね、明治大学に合格!

――受験期で最も印象深い思い出を教えてください

試験本番は一度も緊張しませんでした。「仮に受験に失敗したとしても、今後の人生の糧にしていけばいいだけ」と、すごく前向きな心境になれていたからです。試験前の指導で、担当コーチに不安を受け止めてもらっていたお陰で、模試を受けるくらいのリラックスした気持ちで本番に臨むことができました。
そして、迎えた合格発表。明治・立教・法政、3つの大学に合格することができました。私は元々読書が好きで、中学生くらいのころから、出版などのメディア業界に就職することを目標にしてきました。なので、将来の夢につながることを専門的に学べる、明治大学の情報コミュニケーション学部の合格を知ったときは、本当に嬉しかったです。スマホを使ってネットで結果を見たのですが、思わずその画面をスクショしました。その画像は、今でも大切に取ってあります(笑)
それから、色々とひどいことを言われて、若干トラウマになっていた担任の先生に合格を報告したときのことも、印象に残っています。先生は意外にも、「受かるんじゃないかって思ってたのよ!」と言って、初めて喜んでくれました。「絶対見返そう!」と密かに思っていたので、これは嬉しかったです(笑)

――今振り返ってみて、受験の成功の秘訣とは?

“現実から目を背けなかった”という点が、受験成功の秘訣だったのかなと思います。たとえば、“予備校に通って勉強を頑張ったにもかかわらず、成績が下がった”という現実に直面したとき、私はそこから目を背けませんでした。
「このまま予備校に通い続けていれば、そのうち結果がついてくるかもしれない」。そんな甘い考えに流されなかったから、私はセンセイプレイスに出会うことができました。そして、入会してからも、“完璧主義に陥って勉強が上手くいかない自分”を受け入れ、時に目標のハードルを下げたりしながら、できる限りのことを積み重ねていきました。現実から目を逸らすことなく、重要な決断を一つひとつ下していけたからこそ、合格を掴み取ることができたのだと思います。

思い出のノートを開くと、問題を解いた痕跡やその際のテクニックが!

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