センセイプレイス

早稲田 大学

早稲田大学 人間科学部
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高3春、偏差値38。“全落ち”からの早稲田逆転合格!

合格校
早稲田大学人間科学部、中央大学経済学部、神奈川大学経済学部(給費生合格)

ざっくりまとめ

  1. 1高3春の偏差値は“38”。危機感を覚えて予備校に通い始めるも、現役時代は“全落ち”
  2. 2“点数に直結する勉強法”を実践、模試の点数が英数ともに2割以上アップ
  3. 3早稲田逆転合格の秘訣は、“振り返りの習慣”による改善の積み重ね

センセイプレイス入会前

偏差値38、学年順位ほぼ最下位の状況から巻き返しを図るも、結果は“全落ち”

――当時の状況について教えてください

僕は中学受験をして、中高一貫の“自称進学校”に入学したのですが、中2のころから落ちこぼれ始めました。元々勉強嫌いではなかったのですが、大量に出される宿題に嫌気が差し、すっかりやる気を失ってしまったんです。結果、定期試験では赤点ばかり、学年順位もほぼ最下位という状況に陥ってしまいました。高校に上がる直前には、担任教師に将来を案じられ、クラスで僕一人だけ三者面談を実施されたほどです。それでも僕は、「自分はやれば出来る人間だし、そのうちどうにかなるだろう」と高を括っていました。
そして、高3に上がるまで、勉強そっちのけでバドミントンに熱中しました。僕は中高共にバドミントン部で、さらに市の強化選手にも選ばれていたので、週6日以上、練習に明け暮れるという日々を送っていました。「バドミントンで忙しいから、勉強を頑張れなくても仕方ない」。そんな風に自分に言い聞かせ、現実逃避していた節がありました。
ただ、高3の春、模試で偏差値“38”を叩き出してしまったときは、「さすがヤバい」と危機感を覚えました。市の強化選手を辞退して練習量を減らし、すぐに映像授業専門の予備校に通い始めたほどです。そして、部活を引退した秋以降は、より本腰を入れて受験と向き合うようになり、学校の授業が終わってから就寝するまで、毎日5~6時間ほど必死に勉強を続けました。
しかし、現役時代の受験結果は“全落ち”でした。「ここなら受かるはず」と考えていた大学にさえ、不合格だったんです。このときばかりは本当に悔しくて、泣いてしまいました。「次の一年は、徹底的にやってやる!」。そう覚悟して、現役時代と同じ予備校に通い始めたのですが、浪人の夏を迎えても思ったほど成績は伸びず、ただただ苦しい日々を過ごしていました。

――受験勉強においてどのような課題を抱えていましたか

僕は浪人生活が始まった4月から毎日、朝9時から夜9時まで予備校にこもって勉強を続けました。電車での移動時間も勉強していたので、毎日13~14時間は勉強していたと思います。また、早慶レベルに対応している最難関コースの映像授業も、一通り受講しました。
にもかかわらず、成績が伸び悩んでしまったことが一番の課題でした。浪人の8月時点での偏差値は、英語56・数学52・国語47。第一志望の早稲田は、もちろんE判定でした。努力に対して、結果がぜんぜん伴わなかったんです。
このままではいけないと考え、予備校の担任に悩みを打ち明けましたが、「今はこういう時期だから、こんな勉強をすると良いよ」という一般的な返答しか得られませんでした。また、僕の両親はどちらも大学受験を経験していなかったので、父や母にアドバイスを求めることも難しかったんです。「もう自分一人の力では、どうすることもできない」というところまで、僕は追い詰められていました。

センセイプレイス入会後

“点数に直結する勉強法”を実践し、模試の点数が英数ともに2割以上アップ

――センセイプレイスを知ったきっかけは?

高3の冬、馬場センセイが書いた“受験はゲーム”を偶然読んだことがきっかけで、センセイプレイスの存在を知りました。“受験はゲーム”に書かれていた勉強法は、実際に試してみて効果があったので、当時から馬場センセイに対する信頼は厚かったです。実際、浪人が決まった直後、一度はセンセイプレイスへの入会を検討しました。
でもそのときは、現役時代と同じ予備校に通い続けることを決めました。センセイプレイスから得られる学習面のサポートはとても魅力的でしたが、ネットや本などに書いてある勉強法を頼りにすれば、自分の力でもやっていけるだろうと考えたんです。
けれども、先に話した通り、結局は上手くいかず、予備校からも十分なサポートを受けることができませんでした。なので、「信頼できる馬場センセイのもとで学び直したい」と考え、浪人時代の9月にセンセイプレイスへの入会を決めました。

――センセイプレイスを選んだ決め手を教えてください。

一つ目は、“個人のレベル感に合ったアドバイスを受けられる”という点です。元々通っていた予備校では、模試の結果を判断材料にして、「こういう講座を取ってみるのはどうか?」といったアドバイスをされるのが基本でした。僕がどんな参考書を使ってきたのかなど、こちらの学習面の詳しい情報を把握した上での提案ではなかったため、的外れだと感じることが多かった、というのが実情でした。
でも、センセイプレイスの場合は、担当コーチが“学びログ”を通じて、こちらの状況を事細かに把握した上でサポートしてくれます。コーチと生徒との間で、しっかりと情報共有できる仕組みが整っているという点は、大きなメリットだと感じていました。
そしてもう一つは、“センセイプレイスの学習コーチ全員が、早慶などの難関大合格者で占められている”という点です。当時、僕の周囲に早慶レベルの大学に合格したという人は、通っていた予備校のスタッフを含め、誰一人としていませんでした。だからこそ、実際に早慶の試験を突破した学習コーチに導き手になって欲しいと考えたんです。早慶のレベル感を肌身で知っている方のサポートを得られれば、勉強の進め方について悩むことはなくなるだろうと感じていました。

センプレ生時代に解いた問題の数々

――センセイプレイスに入会してどのような変化がありましたか?

入会2ヵ月後に受けたセンター模試で、英語と数学の点数を大きく伸ばすことができました。英語は過去最高120点から160点台後半に、数学は1A2Bどちらも50点前後だったところから、70点台まで点数が上がりました。
ずっと横ばいだった成績が一気に伸びたのは、“いかにして点数に直結する勉強をしていくか”を担当コーチと徹底的に話し合ったからだと思います。中でも特に点数の伸びにつながったのは、「数学では、個人個人で計算ミスの傾向が大きく異なる」というコーチのアドバイスでした。
それを聞いて以降、僕は演習で計算ミスを犯すたび、“どんなミスを犯したか”を紙に書き出すようにしました。さらに、同じミスを繰り返した場合、“正の字”でチェックをつけていったところ、自分の計算ミスの傾向が明らかになりました。具体的には、自分で書いた6とbの文字を見間違える、移項した際に符号を勘違いしてしまう、といったものでした。この作業を通じ、とことんミスに自覚的になったので、単純な計算ミスはほぼ犯さなくなりました。どの科目でも、これくらい細部までこだわって、“点数に直結する勉強法”を突き詰めていったからこそ、短期間で成果を出すことができたのだと思います。

――受験本番まで、どのように過ごしましたか?

9~11月は参考書主体の勉強を重ねました。具体的には、早稲田の過去問を解いた結果、模試の成績などを判断材料にやるべき参考書を割り出し、それらを優先度順に進めていくというやり方でした。そして12月以降は、MARCHと早稲田それぞれの過去問対策を行いました。
当初、僕は心配性な性格が災いし、“既に理解できている範囲も、不安に駆られて繰り返し学習してしまう”という傾向がありました。でも、それを担当コーチに指摘してもらって以降は、苦手分野の対策に集中して時間を割くなど、目的と効率性を強く意識して学習に取り組むようになりました。また、“学びログ”の活用は、勉強の質の向上に大いに役立ちました。僕はほかのセンプレ生の“学びログ”を参考にして、優れた勉強法を積極的に取り入れることを心がけました。
一方で、精神的には厳しい状況が続きました。というのも、僕はほかの生徒よりも遅い9月入会だったので、「早稲田を目指すのは、そもそも時期的に難しいのではないか?」と不安ばかり感じていたんです。
でも、担当コーチが心の支えになってくれたので、諦めずに頑張り続けることができました。僕がどれだけネガティブになっても、コーチは「どうやったら早稲田に合格できるか?」という視点を一切ブラさず、常に前向きな姿勢で指導に臨んでくれたんです。また、12月に滑り止めの大学に合格し、安堵の気持ちから勉強に対するやる気を失ってしまったときも、コーチには本当に助けられました。そのとき、コーチは僕を無理に頑張らせるようなことは一切言わず、しっかりと話を聞いて、悩み苦しんでいる気持ちを受け止めてくれました。そのお陰で最終的には、「今回の受験は中途半端で終わらせたくない。最後までしっかりやり切りたい!」という自分の気持ちに気づくことができました。

合格への道のり

早稲田逆転合格の秘訣は、“振り返りの習慣”による改善の積み重ね

――受験期で最も印象深い思い出を教えてください

法政大学の試験本番で大失敗してしまったことをよく覚えています。法政はMARCHの中で一発目に受けた試験だったので、ガチガチに緊張してしまって…。頭の中も真っ白になって、何度英文を読み返してもさっぱり理解できない、という状況に陥ってしまいました。設問を解く際の注意点や時間配分などについては、対策を練って入念に準備していたのに、全く力を発揮することができなかったんです。
でも、法政の試験直後にセンセイプレイスの指導があったので、しっかりと気持ちを立て直すことができました。“失敗を次に活かす”という視点でコーチと話し合い、「法政の試験会場は暖房が効き過ぎていたから、今後は必ず脱ぎ着しやすい服装で試験を受けるべき」などの改善点を、一つひとつ洗い出したんです。そのお陰で、法政以降の本番では、焦らず自分のペースを保って試験に臨むことができました。
そして、遂に迎えた合格発表。案の定、法政は不合格でしたが、そのあと受験した中央大学の合格発表のときは、試験本番以上に緊張しました。「早稲田の合格は、正直に言って厳しい。でも、これだけ頑張ってきたんだから、MARCH以上の大学には合格したい」。そんな想いが強かったんです。だから、ネットで“合格”の二文字を見た瞬間、嬉しさのあまり、その場で飛び跳ねてしまいました(笑) 母も号泣しながら喜んでくれて…。仲の良い友だちに報告すると、元々僕がどれだけ勉強が不得意だったかを知っていたので、当然びっくりしていましたが、「本当におめでとう!」と祝福の言葉をかけてくれました。中央大学の合格は、「人生で一番嬉しい出来事」と言っても過言ではないくらい嬉しかったです。だから、そのあとさらに早稲田の合格を知ったときは、もはやどんな反応をしたらいいのか分かりませんでした。既に十分過ぎるほど中央の合格を喜んでしまったせいで、喜び方が分からなくなっていたんです(笑)

――今振り返ってみて、受験の成功の秘訣とは?

センセイプレイスに入会して、“振り返る習慣”が身についたことが、受験の成功の秘訣です。“学びログ”や指導を通じ、1日単位、1週間単位で学習の振り返りを行い、改善点を洗い出す。そして、着実に改善を実行し、“勉強の質”を高めていったからこそ、早稲田への逆転合格が現実になったのだと思います。
もちろん、根気は必要ですが、勉強時間や勉強量を増やすだけならば、基本的には誰にでも可能です。でも、“勉強の質”を上げるとなると、自分一人だけの力ではどうしても難しい。僕の場合、担当コーチに自分だけでは拾えなかった改善点を拾ってもらったり、「“勉強の質”をどうやって上げていくか?」という具体的なアクションの相談に乗ってもらえたことで、それが可能になったのだと感じています。
また、“マナビバ”を通じて、ほかの受験生が普段どれだけ頑張っているのかというリアルな裏側を知れたことは、僕にとって大きな奮起の材料となりました。こうした良い刺激は、早いうちから受けておくに越したことはありませんので、センセイプレイスへの入会を考えている方には、早期の入会をおススメします。僕の場合、浪人の9月に入会したために、「成績は順調に伸び始めたものの、残された時間が少なすぎる」という大きなジレンマを抱えることになりました。「早い段階から受験の準備を始めておけば、時間面・精神面において大きなアドバンテージを得られる」という点は、僕自身の経験からお伝えできることです。

自分自身でさえ予想できなかった逆転合格をアシストしてくれた参考書の数々

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